2017年 新春の蝋梅から春本番へ

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  いつもは謹賀新年の記事を書くのに,今年は何かと慌ただしく,雨水も過ぎた今日になってしまいました。

  今年は,初めて私のゼミから博士の修了生が出ました。博士論文は,やはり普通の論文とは規模も違い,指導する側にも覚悟が問われますが,私は,幸い,ご本人の優秀さと,副査をお願いしたベテラン先生方のおかげで,何とか学位授与までもってこられました。研究とは,論文とは,ということをずいぶん考えさせられる経験でした。本当によかったです。

  昨年から今まで,世界でもずいぶんいろいろなことが起こりました。一番特筆すべきは,世界的なポピュリズムの台頭と,トランプ大統領の就任でしょう。私は最近,「説得」ということを軸に,パブリックスピーキング研究を行なっています。トランプ大統領の有名なツイッターを私も見るようになりましたが,非常にわかりやすい,短いメッセージが特徴です。トランプ大統領の使う英文の文法は,小学校レベルだという話もあるくらいです。パブリックスピーキングは,聞き手の特徴を知り,自分が対象とする聞き手に一番届きやすい形でメッセージを発するのが重要ですが,トランプ大統領は,まさに自分を支持する聞き手に,単純でわかりやすいメッセージを一貫して送り続けているのです。しかし本来,物事は,そう単純ではありません。どんな事柄でも,本当は慎重にデータを集め,分析を重ねた上で,考察をすることが大事なのですが,それを表そうと思うと,アカデミックプレゼンみたいになります。突きつめて考えれば,わかりやすい一言で表す,ということは不可能ということになります。そこに,現在の状況の難しさがあります。こういう複雑な過程を,どうわかりやすいメッセージに載せていくかが,これからのパブリックスピーキングに問われていくのかなと思った,年初めでした。
  写真は,新春の兼六園の蝋梅です。1ヶ月たった2月に訪れたときは,もう散っていました。春もすぐ近くです。

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日本語はどこへ

20161123_120548 20161123_120559   前回の投稿からずいぶん日が経ってしまいました。もう年末の予定を入れる日々になりました。

  私は日本語教師なので,日本語の行く末には関心を持たざるを得ません。最近読んだ本で印象に残った本があります。『英語化は愚民化』 という本です。タイトルがセンセーショナルなので,ためらったのですが,このところ私の勤務校でも,英語強化ということが日々言われるようになったので,手に取りました。
  私は英語強化そのものに反対するものではありません。世界の共通語としての英語は,やはり使えれば多くの利益があることは確かですし,私自身,下手ながらも英語で様々な場面でコミュニケーションが取れることには恩恵を受けてきました。
  しかし,まずは母語としての日本語をしっかり日本人が身につけること,これは非常に重要なのではないかと思います。日本語という言語は,日本の「国語」として,日常のやり取りのみならず,政治や経済,学術から芸術,文芸まで,すべてをカバーできる言語として発展してきました。このことは,あまり意識されていないことなのですが,国民の教育レベルが上がり,それが国の発展につながるという意味では不可欠なことです。毎年,日本人のノーベル賞受賞者が出るのは何故か,それは日本語という母語で,早いうちから高い教育を受けることができるため,高等教育以降,すぐに最先端の研究に移行できるからです。このあたりの事情が,歴史的なことから,この『英語化は愚民化』に詳細に書かれています。
  ですから,大学の授業を大急ぎで英語で実施することにしても,この母語による教育の蓄積を超えることはなかなかできません。それどころか,学生の英語理解が追いつかないために,あるいは教員の授業の英語が十分でないために,遅れをとってしまうことさえあり得ることです。だったら,教育の最初から英語ですればいいだろう,というような議論も生まれてくるわけですが,現在の日本の置かれた状況では,それは無理な話であり,無理なことは決して定着しません。英語化の波と,日本語の保持と,どうバランスをとっていくのか,それが重要なのだと思います。
  写真は,紅葉の進むキャンパスと我が家の庭です。

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日本語学習者用の文法書−ロドリゲスの日本語小文典

20160730_175202  このブログを書く間もないまま,あっという間に7月も終わりかけています。何ともはやいものです。 

  日本語教育で当たり前のように使われている日本語の教科書。新しいものも続々出版され,新しいコースでも,どれを使うか迷うほどです。しかし,これが18世紀のものであるとすると,話は全く異なります。ロドリゲスは,秀吉や家康の時代に,イエズス会宣教師としてまだ少年時代に故郷を離れ,来日しました。故郷のポルトガルでは満足な教育を受けていなかったとされていますが,その後,政治に翻弄されながらも,秀吉や家康の通訳者や貿易の交渉を通して,日本に滞在し続けました。
 日本語が堪能だっただけでなく,宣教の必要性から『日本語大文典』と『日本語小文典』という文法書を書き著したことでも有名です。翻訳本が出ています。日本語教科書という眼でこの本を見てみると,興味深いことが多く見つかります。『日本語小文典』は,特に初学者のために,効果的な学習方法などにも触れられています。たとえば,日本語は発音が単純であるとあったり,最初は話し言葉で記してもやむをえないが,最終的には書き言葉を習得する必要があるということが述べられています。日本語の特徴の一つは,話し言葉と書き言葉がかなり違うというところにありますが,それについて,きちんと触れられているのです。
  ロドリゲスは,最期はマカオに追放され,日本への帰還を願いながら叶わず,死去しました。この夏,ロドリゲスの日本語学習ストラテジーという視点で,この本をよく読んでみようと思います。

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複数の言語に生きるということ

Img_7301  いつの間に,4月になり,新学期が滑り出しました。この3月は,急に研究室を引っ越したりしたこともあり,いつにも増して,あわただしく過ぎていきました。

  そんな中,一冊の本を読み,新しい時代の始まりを感じました。それは,温又柔さんという作家の『台湾生まれ日本語育ち』 という本です。温さんは,まだ若いエッセイ作家ですが,台湾人の両親に連れられて来日し,日本で育ちます。台湾語と中国語と,そして日本語という環境の中で育ち,日本語でエッセイを書くようになります。
   「母語」というのは自明のことのようにも思えますが,実は,グローバル化の時代,複数の言語環境の中で生きることは決して珍しいことではありません。ともすると,アイデンティティの喪失とか,学習言語の発達の遅れとか,マイナス面が強調されがちになりますが,本当は豊かなことでもあります。この温さんは,その名前の印象と同様,時に,アイデンティティに悩むこともありますが,状況を楽しみ,柔らかくとらえ,そして,作家としての強みにもしていっています。
  私は,日本語を教えるという立場のため,どうしても日本語は誰のものかとか,日本語はこれからどうなるのかなど,考えざるを得ませんが,「自分の母語は少なくとも3つあるというのが,しっくりくる」と述べる筆者からは,複数の言語に生きることの豊かさを感じて楽しい気持ちになりました。
 

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漢字と書き方

20160309_73933  先日,文化庁から常用漢字の字体・字形に関する指針 が出されました。手書き文字と,ワープロなどの字体と,印刷文字と,それぞれ微妙に違う字形であっても,これまでは同一の漢字とみなしていたのですが,それが理解されにくくなっていることが背景にあるようです。

  文化庁の例では,たとえば「令」という字が挙げられています。これは手書きで書くときには,印刷文字とは違う形で書くことが多いですが,これを理解されずに,印刷文字と同じように書き直しをさせられたりすることがあるそうです。こういった現状を整理し,指針が出されたことはいいことだと思います。
  このことは,日本語教育の場では,よく問題になることでした。もともと日本語の漢字と,様々なタイプの字形を見慣れている日本語母語者と違い,外国人日本語学習者は,印刷の文字を見て,一生懸命,それをまねようとします。そうすると,活字による違いがあることに気づき,混乱してしまい,「あーー,漢字は難しい,だめだ,あきらめた」となってしまうのです。日本語教育の場では,なるべく教科書体を使うようにしますが,電子情報も多い昨今,必ずしも,いつも教科書体の漢字を目にするとは限りません。その意味で,漢字の指導方法も少し見直しが必要なのかなと思っています。
  いよいよ春本番が目の前です。兼六園の梅園も,満開を迎えていました。桜の季節ももう少しです。

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今年の論文の成果!

Img_6556  毎年のことですが、年末年始から2月中旬までは、学生の皆さんの卒論や修論の添削や審査、そして仕上げの発表会で明け暮れます。その間に、大学入試センター試験もあり、この時期は、気候も厳しいこともあり、1年でも最も試練の期間です。

 今年度は、修論7本(うち、主査が3本)、卒論5本(うち、主査が3本)の審査をしました。さすがに疲れました。ほぼ全てが終わった今、何か脱力してしまうような感じです。
 私のゼミ生の論文テーマは、日本語教育の教室研究、専門日本語研究、日本語の会話関連の研究、外国籍の子どもに対する指導・支援研究と、どれもおもしろい内容で、読みごたえのある論文が出来上がりました。
 学生の皆さんは、たぶんこんな苦労して大部の論文を仕上げる経験というのは、これからも博士課程に進学でもしない限りはないのではないかと思いますが、このテーマについては、誰よりも調べて誰よりも詳しく知っているという自信は、必ず役立つものと思います。
 ぜひ皆さんには、これを土台にして、ますますそれぞれの道で活躍してほしいと心から願っています。

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新春の蝋梅2016

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 あけましておめでとうございます。今年の新年は,北陸では10年ぶりだそうですが,青空がのぞく元旦でした。明るい陽射しに誘われて,兼六園の素心蝋梅を見に行きました。暖冬なので,きっと咲いているだろうと思ったら,やはり咲いていました。このブログでも2009年 に見に行ったとありました。清楚な姿と香りにいい一年になりそうな予感です。
 このブログは,私が金沢大の国際学類に着任して本格的に始めたものなので,もうじきまる8年が経つことになります。グローバル化ということが大きく取り上げられるようになり,昨年末にも書きましたが,日本語教育や外国語教育の目指すところも,少しずつ変わってきているのかなと思う日々です。特に日本語教育には,世界や社会からの要請を意識することが欠かせません。日本語を教える技能自体は,経験を積む中で上達することができますが,教育の内容や目的を時代に合わせて検討し,創り上げていく力は,やはり専門家としての教育を受け,常に分析的な目で現状を把握していくこと以外では培われません。だからこそ,大学や大学院で,日本語教育を学ぶ意義があると思っています。
 今年もこれまでに増して,専門家としての日本語教師を養成することに力を入れていきたいと考えています。
 

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先魁シンポジウム開催

Tree 今年は冬の入りにだいぶ天気が荒れたものの,あとは暖かく,楽な冬です。そのせいか,年の瀬が近づいていてもあまり意識しないままクリスマスまで来てしまったというような印象です。

 先日の土曜日,学内公募で採択された先魁プロジェクト「グロバル化社会の外国語教育における非母語話者教師についての研究」の中間報告のシンポジウムを開催しました。
 国際国際交流基金から,「まるごと」の教材開発に関わり,海外経験も豊富な柴原智代氏に,国際交流基金の日本語戦略についての基調講演をしていただき,そのあと,プロジェクトの中間報告や,大学院博士後期課程の学生,星摩美さんからも社会情勢と外国語教師のビリーフの関係,最後にパネルディスカッションも行いました。師走の土曜日にもかかわらず,多くの聴衆に来ていただきました。
 皆さんの話を聞いてみると,言語教育観が大きく変わっているかもしれないと思いました。これまで目指してきたのは,なるべく母語話者に近づけて,いかにも上手な日本語を教えるというのが当たり前のようなことでしたが,グローバル化の進む現代では,必ずしもそのことが求められず,むしろ,ある程度の能力が獲得できたら,その能力をさらに上を目指して伸ばすのではなく,その能力のレベルでできることをふやす,という考え方に変わってきているのかもしれないと思いました。
 写真は,我が家のクリスマスツリーです。世界各地のオーナメントを飾っているのが自慢です。

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分野違いの学会へ

PosterSsi2015 先日,函館で開催された計測自動制御学会のシステム・情報部門の講演会でポスター発表をしました。日頃は日本語教育学会を中心に言語系の学会に参加することがほとんどなので,他の分野の学会に参加するのは新鮮な経験でした。

 私はこのところずっと,パブリックスピーキングの研究をしているのですが,今回は, 「外国語教育におけるビブリオバトルと「説得」」というテーマです。ビブリオバトルは,5分で自分のおすすめ本について発表し,聴衆の投票で「チャンブ本」が決まります。つまり,チャンプ本になった発表は,「説得」が成功したものとみなすことができると考えました。
Bear_2  会場では,いろいろな方が話にきてくれました。中でも,私自身興味深かったのは,とある有名セキュリティ会社の方から,この研究成果を逆に,つまり「説得」されないために使えますか,と尋ねられたことです。セキュリティ会社の最近の一番の課題は,「詐欺に遭わないようにするのにどうしたらいいか」ということなんだそうです。実は私も,「説得」ということを扱う中で,研究室にしょっちゅうかかってくるマンション売り込みの電話など,資料に使えるのではないかと考えていたところでした。少し,そのヒントになりそうなことがわかりかけていますが,まだまだ,調査と分析を重ねていこうと思っています。

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父の遺産

Jikan 2011年東日本大震災 の年に病気療養中だった父は,自宅で被災し,そのままガスも電気もこない生活を送り,世の中が少しようやく落ち着きかけたその年の6月に他界しました。その頃の仙台は,震災関連のお葬式が多く,喪服姿が目立っていたことを思い出します。あれから丸4年が過ぎ,仙台の町には,震災の痕跡は見当たりませんが,津波が押し寄せた地域や原発事故のあった地域は,そんなに簡単に復興ということにはならないのではないでしょうか。

 こんなことを書く気持ちになったのは,亡くなった父の古い著書が,復刊になったからです。岩波新書 として1976年に出版された『時間』という本です。今から40年前近くに出版されたものが,復刊されて私も購入しました。
 私は哲学にはあまり興味がなく,父の本もまともに読んだことがありませんでした。今度こそ,全部読もうと意気込んだのですが,結局,また挫折しそうです。父は昔から,あまり物事を深く考えようとしない私によく小言を言い,私も反発ばかりしていました。きっと今もあの世でもあきれているでしょう。
 しかし,父の学問に対する厳しい姿勢というのは,よく覚えています。それに比べると,今の私はいろいろな言い訳ばかり多くあり,中途半端な態度であること,自分でも気づいています。日頃忘れかけていたその気持ちを,またこの本は呼び起こしてくれました。しっかり強い気持ちでやっていかなければと,思ったことでした。

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